説話の共通点
at 2002 07/12 23:14 編集

今テレビで「プリンス・オブ・エジプト」を見ていてふと気づいたことがある。
エビスとエディプスの音が似ている。

「エビス」さんという神様のことを調べようとインターネットで検索すると、「ヒルコ」説話にたどりつく。ヒルコは国生み神話でイザナギ、イザナミの最初の子どもとして生まれるが、足が弱い、骨が弱い、体が弱い、などの理由で生き延びるのに難しいため、実の親によってカゴに入れられ海に流されてしまう。エビスは「エミシ」「蝦夷」に転訛するように『外国人』の意味を持つ。

モーセはユダヤ移民の実母からカゴに入れられて流され、エジプトの王女に助けられる。流されたときは「ヒルコ」だが、助けられたときはエジプト人から見れば外国人「エビス」だ。

また、海外のサイトを見ていると、モーセとオイディプス王説話の共通点を探るものが非常に多い。オイディプスの名が「エディプス」コンプレックスの語源と知ったころ、彼の伝説の中でスフィンクスの謎を解く話があることから、名前の音からしてもエジプトの王の話だと思い込んでいたことがある。だが、オイディプス王の舞台となるのはギリシャのテーベ。しかし、古代エジプトでテーベという名の都が存在していたことがある。王家の谷のあるルクソールという場所がそうで、かなりの期間栄華を誇った。
オイディプスの名には「腫れたかかと」という意味がある。彼の伝説は、ギリシャや北欧系の神話によくある、息子や孫が王を殺すという予言や信託に基づいて放逐されるパターンで始まる。赤ん坊の彼は歩けないようにかかとを針金のようなもので突き刺されて固定された状態で、隣国(ギリシャが都市国家だった時代)に置き去りにされるのだ。それを羊飼いが見つけて救い、育てるのである。その発見時の特徴から、オイディプス(腫れたかかと=オイディ・プース)と名付けられる。カゴには入れられないが、『実の親』によって『歩けない』状態で『捨てられる』という3点が「ヒルコ」の条件を持ち、また発見された時点から見ると『他国出身』という条件を満たして「エビス」となる。

古代日本には案外ユダヤ教、キリスト教の説話が流入していたと思われるふしがある。
魏志倭人伝に「持衰」という職業のことが出てくるが、航海にくっついていき、風呂に入らず髪をとかしたり爪を切ったりすることもなく、徹底的に禁欲して航海の無事を祈るだけの人のことである。無事に着けばあり余るほどの褒美をもらえるが、海が荒れ出すと殺されて犠牲にされる。こういった職業は中国にはなかったようで、魏志倭人伝の筆者は倭独特の職業と記述している。穢れを一身に負うところなど、大祓えの儀式を思わせる。また、成功すれば大歓迎、失敗すれば犠牲死というあたり、シャーマンの行く末のようである。そしてその名前、「持衰」。ジーザスは英語読みだが、なんとなくよく似ている。ジーザス=イエス=ヨシュア=ジョシュ、やっぱり似ている。
だいたい、日本の神道は偶像崇拝でないという特徴においてユダヤ教やキリスト教に共通している。日本最初の宗教戦争は仏像に端を発したのだし。一神教でないという点で異なるとされるが、それはギリシャの宗教と同様、もともとは1人がたくさんの神を拝んでいたのではなく、部族ごとに特定の神がいた。そこへ支配者の神を崇拝することを強要され、もめる話が日本書紀祟神記の伊勢神宮遷宮の部分である。

日ユ同祖説と聞くだけで拒絶反応が出る人もいるが、ユーラシア大陸から見れば日本が東のさいはてで、その向こうは深くて荒い太平洋が広がり、古代においては移住を続ける人々が足留めを余儀なくされたであろうことは想像に難くない。日本の人口密度が異常に高いことの理由にもなろう。ちなみに18世紀、世界一人口の多い都市は江戸で、あの山手線内の狭い地域にすでに50万人を超える人々が居住していた。

余談だが、ギリシャ神話のアフロディーテ(ヴィーナス)が息子エロス(キューピッド)を連れて立っている絵を見て、マリアとイエスのようだと感じた。アフロディーテの夫は鍛冶屋、マリアの夫は大工という工芸関係の職人で、またその息子はいずれも夫の子ではない。エロスの父は軍神アレスとも伝令の神ヘルメスとも大神ゼウスともされている。ゼウス説話には雨などになって女性の部屋に入り込み、妊娠させてしまうという処女懐妊の話がたくさんある。もしエロスの父がゼウスなら、精霊の子イエスとの共通点が増えることになる。

過去に実際に何があったのか、知りたいと心から思う。